「ほっ」と。キャンペーン

信貴山縁起絵巻

奈良国立博物館で開催中(今週末終了)を、若干強行軍でまるりんと行く。
と、いうのも、午前中の用事を済ませて行ったのだ。
特急使うのに躊躇しながらも、結果的に必要出費だった。

まるりんも人にこのことを伝える度に「絵巻が観れる第一展示場で2時間もかかった!!」と
強調するほど、並びました。

でも、最近の日本を考えると、きっちり整列させて横入りできないように、観覧させるのは
道理。
喧嘩でもされたら困るもんね。

展示のほうは、これはもう贅沢にも絵巻全3巻全て広げて展示。
場面ごとのストーリーのキャプション付きと、日本語読めれば誰でもよく分かる。
命蓮というすごいお坊さんの話。
長者の蔵を金の鉢で飛ばして奪うけれど、中の米俵は金鉢パワーで飛ばして長者に返す。
時の天皇の病を祈祷で治し、護法童子を遣いとして送る。
で、最後は命蓮を探しに来た、姉の尼君と再会し、姉弟なかよく仏道に励みました。
と、いったお話。
単純なストーリーなんだけれど、この作者の実力が最も充実した時期に描かれたもの
なので、描写力の素晴らしさはもちろん、ストーリーに感情移入できる。
護法童子が静謐な雰囲気の清涼殿にふわっと現れるシーンなんて、鳥肌立つほど
かっこいい!
年老いた尼君のかわいらしいこと!
風景描写も丁寧で、しかも帝に使える公卿たちの束帯がすごく美しく描かれていて
感動した。
この作者、常盤源二光長(と言われている)とそのプロデューサーとされる後白河天皇の
コンビで製作されたと言われる絵巻群は、実物を見ないと分かり難い表現が結構ありまして、
特に雲母(キラキラした顔料)を使った表現は印刷では分からない。
全面に雲母を引いているものも少なくなくて、一緒に展示されていた「粉河寺縁起絵巻」は
まさにそうだった。
「餓鬼草紙」も「地獄草紙」も(!)
「吉備大臣入唐絵巻」は吉備大臣の顔だけ鉛白(チタニウムホワイト)塗ってキラキラさせてた。
そういうパターンなので、命蓮も顔に鉛白塗っているのかと思いきや、塗っていない。
金鉢と東大寺の大仏だけが金色でした。でも、この金色も雲母に黄土でも混ぜているんじゃないか
とか、ちょっと疑っている。金にしては柔らかな色なのだ。
図録を購入していないので、これはあくまで私の憶測なのだけど。

あと、大仏。
これは焼ける前の?それとも重源が復興させたもの?
そこ、家に帰っても引っかかっているのだ。
在りし日の大仏の姿なのか、後白河院が開眼法要した大仏なのか。
プロデューサー後白河院としては、後者かもな。

そして、出光美術館で同時期に「伴大納言絵詞」を展示している奇跡!
これもこのコンビが製作した「信貴山縁起絵巻」と並ぶ最高峰の傑作。
東京に気軽に行ける身ならば、どちらも鑑賞できる好機!!!
若冲よりも行列して観るべし!
「伴大納言絵詞」は火炎表現がすごい。

話は展覧会に戻って。
九条兼実の「玉葉」の本物見れて興奮。
私(というか世間?)の兼実像を裏切らない、日記なのにキッチリ几帳面に書いている。
あと、後白河院が信貴山に行く時の食事などの指示書(院宣)。
なんか表に漢文がびっしり書かれているものの裏紙に書いている!!リサイクル!!!
つい、まるりんに「平安時代から日本人は裏が白かったらそこも使うねんで。そんで
使ったら、ドロドロにしてまた紙を漉いて使うの。(灰色だけど)」と、言ったら渋い顔をされた。

というわけで、充実の展覧会で非常に楽しかった!
今回のおかげで、私の中の後白河院像がさらにくっきりと浮かび上がってきて、ますます
私淑するに至りました。
カリスマ性というか、類まれなる能力を持った人が大好きで平清盛や源義経を重用しようとする。
けれど、生来、一糸乱れぬ結束を見るのが生理的に嫌いなために、平家や源氏を掻き回したく
なってしまうのだと拝察します。
蟻の行列とかマスゲームとか絶対ダメなタチだのだと思う。
だって、このお方が関わった絵巻は、よそ見をする人物が必ず描きこまれているから。
それが生き生きとした場面表現になっている。
だから傅役の信西をして「暗主」と言われる所以なのだろうな。

一般で言われている後白河院像よりも、もっと、深く生き生きとした人物像が絵巻を通して
伝わってきて実に面白かった。
[PR]
# by kah-han | 2016-05-16 15:09 | こどもとびじゅつとれきし | Comments(0)

今更、昨秋の琳派展

久々に投稿したくなって、昨秋の「琳派展」(京都国立博物館)について。

二回も行ったのだ。
一回目は決死の覚悟で、子連れ、夜間開館、「風神雷神図」宗達、光琳、抱一揃えぶみ。
という強行軍。
まるりんが3人の描いた「風神雷神図」の展示を強く観たいと要望していたのだ。

まずは光悦、宗達のコーナーから。
実はまるりん、京都検定三級ホルダーなのだが「琳派って嫌いやわ」と勉強するたびに
毒づいていた。
そんな子供が、宗達の素晴らしさを知ったのです。
「鶴下絵和歌巻」の鶴の躍動に感動し、「蓮池水禽図」で水鳥の濡れ羽根に驚嘆し、「蔦の細道図屛風」
の洒脱さに息を呑み、「芥川図」のロマンティックなシーンを理解したのです。

そして「風神雷神図」コーナー。
もっとも人口密度が高く、大変な混み具合。
まるりんは三双並んだものが観たいと言っていたくせに、「宗達以外、下手やなー」と無邪気に
斬って捨てる。

もはや、こうなると、宗達のために来たと思うしかありません。
この日は結局、他の光琳以降の作者のものはほとんど観ず、もう一周光悦、宗達を鑑賞して
帰りました。

さて、二度目。
少しは空いていたし、前回の反省で、一番いいものを観るとあとの作品は観る気が失せるので、
時代を逆回りに観ることにする。
それが正解だったのですが、私としては、乾山がゆっくり観れてよかったし、鈴木其一の「夏秋渓流
図屛風」が観れたのが何よりの収穫。でも、其一の「柳に白鷺図屛風」だけはいっつも観るチャンスを
逃す。そこだけは心残りだった。
それと抱一の「夏秋草図屏風」はやっぱりいい。他の抱一作品は嫌いだけど、これだけは別格。
夏、秋それぞれの季節特有の空気が流れている感じに痺れる。

さて、まるりんは中村芳中という大阪の琳派の作家に惹かれる。
なんでも丸く描くのがこの人の特徴であるのだけど、丸っこい犬の絵に
まるりんは心奪われ、グッズ売り場で散財した。

もちろん最後は、さすが宗達、巧い、巧いと親子で堪能しました。

後日談ですが、うちにある画集を見せたら、光琳は「紅白梅図屏風」いいねーと言うておりました。
「燕子花図屏風」も。

自慢ですが、小さい頃からこういう美術の世界に触れさせているせいで、鑑賞眼は養われているよう
です。私的には「母親達よ、臆せず美術館へ!!」と言いたい。走って通り過ぎててもなにか感じると
思うから。

さてさて、今年も楽しみな美術展がチラホラ。
京博の「禅」展は言うに及ばず、神戸市博の「我が名は鶴亭」は超絶楽しみ。
東京でやる若冲の展覧会を観に行けなくても全然平気なくらいの、鶴亭の魅力です。
若冲と画題は共通するところ多しなのですが、巧さ、洗練は鶴亭のほうが上。

とはいえ、若冲観れなくてもいいけど、カラヴァッジョは観たい観たい観たいよ〜!!!
と、東京にやきもちをやくのだった。
[PR]
# by kah-han | 2016-02-10 17:34 | こどもとびじゅつとれきし | Comments(0)